「明日着る予定の礼服を久しぶりに出したら、全体に白い斑点が…!」
この光景を目にした瞬間の血の気が引くような感覚、クリーニング店のカウンターに立っていると、本当によくご相談いただきます。カビは湿気がこもりやすい日本のクローゼットでは避けて通れない天敵です。
「とりあえず拭けばいい?」と焦る気持ちは分かりますが、間違った処置をするとカビを広げたり、生地を変色させたりして取り返しのつかないことになります。
国家資格を持つクリーニング師として、そして家計を守る主婦として、カビが生えてしまった時の正しい対処法と、二度と生やさないための知恵をお話しします。
- 埃かカビか?スーツに付いた「白い粉」の正体を3秒で見分けるプロの判別法
- アルコール除菌は危険?消毒用エタノールで拭き取る時の「変色リスク」と正しい手順
- 「拭いて着る」は絶対NG!表面のカビを落としても繊維の奥に残る「菌糸」と健康被害の恐怖
- ドライクリーニングでは死滅しない?カビを根こそぎ落とすための「ウェット加工」の必要性
- 料金相場はいくら?通常料金+αでかかる「カビ抜き加工」のリアルな金額と期間
- カビが繊維を食べる?虫食いのような穴や「変色シミ」が残ってしまった場合の対処法
- そのスーツだけじゃない!クローゼット全体が「カビ汚染」されている可能性と緊急除菌マニュアル
- クリーニング袋のままは断固NG!来シーズンまでカビを生やさない「保管」の鉄則
埃かカビか?スーツに付いた「白い粉」の正体を3秒で見分けるプロの判別法
クローゼットから出したスーツに付いている白いもの。これが「ただの埃(ほこり)」なのか、それとも「白カビ」なのかによって、その後の対応は天と地ほど変わります。パニックになる前に、まずは落ち着いて観察してみましょう。プロが実践している見分け方は、指先や爪で軽く触れてみることです。
もし、その白いものがフワッと舞い上がったり、指でつまんで簡単に取れたり、あるいはコロコロと丸まったりするなら、それはただの「埃」です。ブラシをかけてあげれば解決です。
しかし、指で払っても繊維にしがみついて取れない、あるいは指でこするとペタッと潰れて生地に馴染んでしまうような感触があれば、それは残念ながら「白カビ」です。さらに決定的なのは臭いです。鼻を近づけてみて、古本屋さんのような、あるいは湿った土のような独特のカビ臭がしたら、間違いなくカビが繁殖しています。
アルコール除菌は危険?消毒用エタノールで拭き取る時の「変色リスク」と正しい手順
「明日着なきゃいけないから、今すぐなんとかしたい!」という緊急事態。ネットで検索すると「アルコールで拭く」という方法が出てきますが、これには大きなリスクが伴います。スーツの素材(特にウールやシルク混)や染色によっては、アルコール成分と反応して色が抜けたり、輪ジミになったりする可能性があるからです。
どうしても家で応急処置をする場合は、まずドラッグストアで売っている「消毒用エタノール」を用意し、必ずスーツの裏側(裾の折り返し部分など)でテストをしてください。色落ちしないことを確認したら、乾いたタオルにエタノールを少量含ませ、カビの部分を「ポンポン」と優しく叩くようにして拭き取ります。
ここで絶対にやってはいけないのは、ゴシゴシと擦ることです。擦るとカビの菌糸を繊維の奥に押し込んでしまうだけでなく、生地の表面が毛羽立ち、そこだけ白っぽく変色してしまいます。あくまで「表面のカビを移し取る」イメージで行ってください。
「拭いて着る」は絶対NG!表面のカビを落としても繊維の奥に残る「菌糸」と健康被害の恐怖
アルコールで見た目の白い斑点が消えたからといって、「これで元通り!」と安心してはいけません。カビというのは植物に例えると、目に見えている白い粉は「花や種(胞子)」の部分に過ぎません。その下には、繊維の奥深くまで根を張った「根っこ(菌糸)」がびっしりと残っているのです。
表面を拭いただけのスーツを着て出かけるということは、大量のカビの胞子をまき散らしながら歩くのと同じです。ご自身がそれを吸い込んで咳が止まらなくなったり、アレルギー性鼻炎や皮膚炎を引き起こしたりするリスクがあります。
さらに恐ろしいのは、周囲の人への影響です。結婚式や法事など、人が密集する場所でカビの胞子を拡散させることは、マナーとしても衛生面でも避けるべきです。拭き取りはあくまで「その場しのぎの化粧」であり、根本的な解決にはなっていません。
ドライクリーニングでは死滅しない?カビを根こそぎ落とすための「ウェット加工」の必要性
「クリーニングに出せばカビは死ぬ」と思っている方が多いですが、実は通常のドライクリーニングだけでは不十分な場合があります。ドライクリーニングは石油系の溶剤を使って油汚れを落とすのが得意ですが、カビの栄養源となる「汗(水溶性の汚れ)」を落とす力は弱いのです。また、カビの種類によってはドライ溶剤の中を生き延びるしぶとい菌もいます。
カビを完全に除去するためには、プロによる「水洗い(ウェットクリーニング)」が必要です。特殊な洗剤と技術を使って、本来は水洗いできないスーツを水で丸洗いし、カビの栄養源となる汗汚れごと根こそぎ洗い流します。
カウンターで受付をする際は、恥ずかしがらずに「カビが生えているので、汗抜きやダブル洗い(水洗い)をお願いします」と伝えてください。これが最も確実な殺菌方法です。
料金相場はいくら?通常料金+αでかかる「カビ抜き加工」のリアルな金額と期間
では、カビたスーツを復活させるにはどれくらいのお金と時間がかかるのでしょうか。一般的なクリーニング店での相場をまとめてみました。
| メニュー | 料金目安(スーツ上下) | 仕上がり期間 | 効果 |
| 通常ドライ | 1,500円〜2,500円 | 2日〜3日 | 表面のカビは落ちるが、根や臭いは残る可能性あり。 |
| 汗抜き(ドライ+水溶性洗浄) | +500円〜1,000円 | 3日〜5日 | カビの餌となる汚れを落とし、予防効果が高い。 |
| カビ取り加工(特殊処理) | +1,500円〜3,000円 | 1週間〜10日 | 薬剤を使って殺菌・漂白し、徹底的に除去する。 |
| ダブル洗い(完全水洗い) | +2,000円〜4,000円 | 1週間〜2週間 | 繊維の奥からスッキリ洗い流す。最も推奨。 |
このように、本気でカビを落とそうとすると、通常の倍近い料金と時間がかかります。「明日までに」というのは物理的に難しい場合が多いので、発見したら一刻も早く持ち込むことが大切です。
カビが繊維を食べる?虫食いのような穴や「変色シミ」が残ってしまった場合の対処法
カビを長期間放置していると、クリーニングでカビ自体は落ちても、スーツにダメージが残ってしまうことがあります。カビは成長する過程で酸や酵素を出し、それが繊維を脆くしたり、染色(色)を分解したりするからです。
クリーニングから戻ってきたら、カビがあった場所が赤茶色に変色していたり、ポツポツと小さな穴が開いていたりすることがあります。これは洗ったせいでなったのではなく、カビが生地を食べてしまった跡です。
変色してしまった場合は「色掛け(補色)」という特殊技術で修正できることもありますが、高額になります。また、カビが生えるような湿気のある環境は、衣類を食べる害虫にとっても天国です。カビと虫食いはセットで発生しやすいので、穴が開いていないかどうかも厳重にチェックしてください。
そのスーツだけじゃない!クローゼット全体が「カビ汚染」されている可能性と緊急除菌マニュアル
1着のスーツにカビが生えていたということは、同じクローゼットに入っている他の服も、目には見えなくてもカビの胞子を浴びている可能性が極めて高いです。カビたスーツだけをクリーニングに出して安心するのは早計です。
まずはクローゼットの中身を全て出し、扉を開け放って換気をしてください。そして、空っぽになったクローゼットの床や壁を、消毒用エタノールを含ませた雑巾で拭き上げます。カビは埃を餌にするので、隅に溜まった埃も掃除機で吸い取りましょう。
隣にかけてあったコートやジャケットも、念のために一度天日干しをするか、心配ならクリーニングに出すことをお勧めします。これを機にクローゼット全体をリセットしなければ、またすぐに同じ悲劇が繰り返されます。
クリーニング袋のままは断固NG!来シーズンまでカビを生やさない「保管」の鉄則
最後に、なぜカビが生えてしまったのか、その原因を断ちましょう。最大の原因は、クリーニングから戻ってきた時の「ビニールカバー」をかけたまま保管していたことです。あのビニールは、工場から家までの「ほこり除け」であり、保管用ではありません。通気性が悪いため、中に湿気がこもり、カビの温床になります。
持ち帰ったらすぐにビニールを外し、風通しの良い日陰で半日ほど干して、配送中の湿気を飛ばしてください。その上で、通気性のある「不織布(ふしょくふ)のカバー」にかけ替えて保管します。
不織布カバーは100円ショップでも手に入ります。たったこれだけの手間で、大切なスーツをカビから守ることができます。「ビニールは即捨て」を合言葉に、大切な衣類を守ってあげてくださいね。

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